生身の人間相手・・・

 昨日の授業では、学生それぞれが情報交換を密にすることによって自身の認識や論理も深まる、ということを内的な目的としてディベートにとり組んだ。しかし、10人程度の「作戦会議」と称するグループディスカッションに何人もの学生がまったく参加姿勢を見せていなかった。これはぼくだけの感覚ではなく、参加学生の中からも「ディスカッションにまったく参加しようとしない人が何人かいて、本当に困りました。」という趣旨の「声」が、授業後、数通届いた。「活気のないディベートでした。」という声は痛烈な授業批判である。後刻、「生身の人間相手が教育ですから、そういうこともあります。」とのリアクションをいただいたが、そういうことであろうし、そういうことでない。「参加型授業」のいちばん平易な方法=ディスカッションというのは、ぼくの思い違いなのかもしれない。