2009-04-01から1ヶ月間の記事一覧

ハーフティンバー建築

日本でもお目にかかるのだそうだが、ぼくは、始めにパリで、続いてオーセール、そしてクラムシーでお目にかかった。ぼくが見た限りでもっとも古いと思われるハーフティンバー建築物の写真。クラムシーにて。 次の建築物は歴史遺産に指定されているとか。ちゃ…

祈り

生活には祈りがある。そんな光景を切り取ってきたい。小さな町のの小さな教会には、こんなキリスト像。 小さな鄙びた村には道端に、こんな絵が。 漆喰壁に彫り込まれた聖人像。 これらを探し求める、ゆったりとした時。

クラムシー

6月1日から1週間、エドゥアール・オネジム・セガンが幼少期を過ごしたフランス東部ブルゴーニュ地方の小都市クラムシーに行く。 クラムシーはセガンが生まれたところ。今はない産業だが、中近世にはペチカの薪材を産出し、都市貴族・ブルジョアの家庭に乳母…

続 パヴェ

手前から突き当りまで石畳の小路になっている。そして奥から手前にかけて高低差があり、手前が低くなっている。小路の中央に大きめの石が敷かれて左右が区分されている。なぜこうなっているのかについてはこの小路全体が中央に向けて下がっているということ…

パヴェ―石畳

パリ入りしたぼくはルーヴル宮殿の中庭の石畳(パヴェ)の美しさに魅了された。 それ以来、ぼくはネット上のハンドルネームを「石畳の夕鶴」と名乗るようになった。夕鶴は単に禿頭を象徴しただけである。それはともかく、ぼくは、まさしく石畳命とばかり、パリ散…

コンドルセ立像

セーヌ川左岸学士院横に、コンドルセ像が立っている。 コンドルセは、学生時代、公教育原理を構築した人として教わったきりであった。2000年度のパリ生活の中でコンドルセ立像を「発見」。たちまち、古くさい記憶から引っ張り出したのは言うに及ばず、せっかく…

フォンティーヌ

せっかくの40日間のパリ生活。文献資料探しばかりが能ではない。かといって美術館など人が目的的に集まるところにはほとんど興味を持たない。いや、中世史博物館は例外か。 ぼくがこだわりを持ち続けているのはパリという都市作りの思想とその小道具。大がか…

パリ、ピガール通り 続

ピガール通りの現況。セガンが学校を開いた6番(現在は8番)辺りから、モンマルトル方面を望遠で撮す。サクレクールが巨大に映る。もっとも、サクレクールは1871年のパリ・コミューン後にフランス国民議会の決定によって建てられたものであるから、セガンの…

パリ、ピガール通り

セガンが公教育大臣の認可を得てピガール通り6に寄宿制学校を設立したのは1840年1月3日。28歳になろうとしていた時のことだ。 ピガール通りはセーヌ川右岸、パリの北部に位置する。セガンの時代のパリの地図より。上部の赤い囲み線がパリ市の境界。シャルル1…

第2次世界大戦の敗戦の校長記録

熊本市教育センターのご協力をいただき、戦後教育実践史に関わる史資料が大量に並べられた。写真はその作業中。 大量の資料の中から、ぼくは、かねてから求めていた「教育現場が敗戦を迎えた時」を知るべく、ある学校長の記録(日録)の頁を繰る。 1945年7月1…

戦後初期教育実践を聞き取る

戦後教育実践史研究会のメンバーの駕籠にただ乗りをさせていただいた一日。あれこれと綴りたいとはやる心があるけれど、その中で一つだけ。 熊本大学附属中学校で新教育プランを実践した一人の後藤先生の足跡から印象的なこと。じつに丹念に実践記録を綴って…

熊本に入る

ホテルからネットに繋ぐことができた。パソ貸し出し1000円とあったが自前のノートで間に合わせる。 まるで小学校の遠足の前の夜みたいに眠れず。興奮してとかそういう理由ならばかわいいのだが、とにかく不眠。午前4時までドタリバタリ、7時に起床。 熊本行…

視覚的実感

エドゥアール・オネジム・セガンが精神医学者以外として初めて白痴教育を開拓した時代、その場所については特定することができた。誤った研究史の理解を正すことができたのは、ささやかなことだが、誇りとしていいだろう。当時の地図で当時の場所を書き込む…

再現から始まる

週刊新潮の記事ー朝日新聞支局襲撃実行犯と称する者の「告白」記事が事実とは違っていたことで決着がついた。あの手の「歴史上の大ホラ吹き」には研究の聞き取りで何人とも無く出会ってきたから「やっぱりね」というのが個人的感想。大ホラ吹きのくせに妙に正義…

古い建物の図面

2003年のちょうど今頃、「エドゥアール・オネジム・セガンが働いていたビセートル院に行きたいのです。」と願われた。「ビセートル院と言われますと?」「病院です。パリにあります。」セガンに関わる史料調査を始めるきっかけになった某氏との会話である。 その…

ナナフシ賛歌

我が家の鉢植えの木の葉の上で、2センチほどの長さの針金細工様の物体がふわりと動いた。あ、ナナフシだ! まだアカチャン。細君が眼を細めて鑑賞している。昆虫類は大の苦手のはずだが、カマキリとナナフシにはこよなく愛情を注ぐお方である。 ぼくのナナフ…

日本生活教育連盟60周年記念集会

現在ぼくが所属している唯一の民間教育研究団体・日本生活教育連盟結成60周年を記念しての集会(第2回)が、来る4月18日(日)13時から18時まで和光小学校の会場にして開催される。模擬授業、子育て講座、シンポジウムを内容としていると案内にあった。参加…

ひつまぶし紀行

今日も暑い日中。電車もサテンも冷房を入れていた。ぼくにとっては迷惑・不快な冷房だ。 日中、貴婦人トドちゃんにおつきあいいただいた。秋葉原に出てひつまぶしを昼食に。久しぶりのこと。まさにお昼時とあって、食卓はほぼ満席。隣の食卓は男の親子らしき…

「先生、髪の毛が・・・」

素敵なお嬢さんから出会い頭にいただいたご挨拶。 「そうなの、髪の毛が無くなっちゃったの。」重ねて「髪の毛が無くなっちゃって輝いてるの」と返礼。 朝、ほぼ半年ぶりになじみの床屋さんへ。10分1000円や2200円と蛍光掲示板で宣伝を流す床屋が駅前にもあ…

ふと振り返る

尊敬する志摩陽伍先生からメールをいただいた。ぼくの研究を「人間学」と形容してくださっている。精神がぐちゃぐちゃになっている時に限ってお声を掛けてくださる先生こそ「人間学」の実践的大家だと思う。 先生と初めてお会いしたのは日本作文の会の夏季研究集…

入学式

構内のしだれ桜がすっかり色づく今日。 本学の入学式。 桜の花びらが通路いっぱいに落ちていたけど、朝からせっせと掃き清められ、桜花満開。 サークル・クラブのよからぬ先輩たち〔失礼!〕が手ぐすね引いて待ち受けています。 とてもかわいらしく見える女…

探求心はどうして育つか

毎日新聞13版、11面(くらしナビ面)「肉はどこから いのちと向き合う 中」の見出しタイトルは「タブー越え『知りたい』」。屠畜を主題にしたドキュメンタリー映画「にくのひと」(2007年)に取材した記事である。作成者は大阪芸術大学の学生。牛丼チェーン店…

異変の春

日本の上空(制空権の付与されたところ?制空権というのはどのあたりの高さまで言うのだろう。)を飛んでいった物体を巡って、ずいぶんときな臭い話が流されて続けてきた。そして気がついたら、「防衛」のためと称する迎撃兵器実物が堂々と姿を見せ、どこに設…

ファイルが壊れた

ぼくのHPのトップページはパワーポイントで作成している。職場のサーバーとつないでいるのだが、OSが変更になったことに連動して、パワーポイントで作成したあらゆるデータ保存ができなくなった(たぶん一時的な問題だとは思うけれど)。 結局、他のPCで作成…

学級通信

今朝の読売新聞の読者の声欄に、学級通信をたたえる文が載っていた。自分の子どもの担任が学級通信を継続して発行しており、そのことによって、学校の様子、学校での様子などが、教師の子どもたちへの願い、教育への意欲などに添えられて、伝えられてきた、…

お花見

貴婦人トドちゃんから「上野でお花見しながらお弁当をいただきませんか」とのご案内をいただき、喜んではせ参じました。雀も喜ぶお花見日和。 日曜日には雨になるとの予報。つかの間のお花見日和というわけか、平日なのに人、人、人。すでに夜の宴会用にブル…

同窓会

帰宅したら津高等学校同窓会より2通の封書が来ていた。一通は明らかに同窓会名簿の登録に関わって、後一通は内容が不明だが、津高等学校東京同窓会とある。ぼくには不要な案内だといつものごとく判断し、開封することなくゴミ箱に投げ込んだ。 数時間後、ぼ…

「流産させる会」に思う

愛知県半田市の公立中学校の1年生が妊娠7ヶ月の担任教師をターゲットにした「流産させる会」を結成し(男子19人中11人が組織)、いろいろな「悪さ」を仕掛けたという記事があった。年度で言えば昨年度のことである。全国版に取り上げられたわけだから、新年度、…

自由創造のエネルギー

東京女高師・お茶の水女子大学50年代を記録する会編『私の女高師・私のお茶大ー1950年代学生運動のうねりの中でー』創英社、2004年)を読む。ぼくより一世代上の方々の、戦争の敗北で何もなくなったといわれていた戦後のしばらく、じつはなくなってなどはい…