2011-05-01から1ヶ月間の記事一覧

「過去」に胡座をかき続ける

Tさんという方が、日本モンテッソーリ協会『モンテッソーリ教育』第43号所収のYT先生の論文をお送り下さった。同論文は昨年の日本モンテッソーリ協会大会のご講演に基づいている。「セガン」の名が冠せられているから強い興味と関心を持って読んだ。しかし、…

『朝もやの運河』

ディスクを整理していたらぼくのセガン研究の第一稿『朝もやの運河』がにょっきりと顔を出した。「あとがき」を見ると、2005年2月20日が稿了とある。拙著『知的障害教育の開拓者セガン』の方が確かに資史料による検証がしっかりしてはいるが、筆の運びは『朝…

荒れ模様

天気が荒れ模様。大荒れではないのが救いか。 禿鶴も荒れ模様。誰にあたるわけでもないけれど。 何だろうね、このむしゃくしゃは。 くそったれっ、とつぶやく今日。 たぶん、自分自身にそう言っているんだと思います。 『オネジム=エドゥアール・セガン研究…

今年も咲きました

我が家の玄関前に小さな水カメがある。可憐な花が命を主張している。数日前につぼみを付けているのは知っていたが、今日、冷たい梅雨に濡れた緑深く輝く葉の美しさに見入っていたら、葉陰から美しい花弁がのぞき見られた。 我が家の雑草、雑木では無い草木係…

オツムテーンテン・・から脱出しなきゃ

パリの医学史博物館で展示されている「セガン教具」を写真に撮り、関連資料と共にHPで公表していたが、それを目にされた女性モンテッソーリ研究者が、ぼくに、資料確認と聞き取りとの目的で、今日の午後、研究室を来訪してこられた。およそ6時間、写真と、「…

香害

もう10年も前になるが、「禁論:パリ見参の日本人論」という馬鹿エッセイを綴ったことがある。要するに、他文化社会に行って自文化のままでありながら他文化の一員になった如き振る舞いをしている馬鹿―あ、こう書くと、おれのことだなぁ.でも、書いたことは…

グループ代表者決め

前期授業日程も半分が終わった。「教育基礎」は担当クラスを来週から交代する。他はグループ学習に入る。「参加型学習」から「参画型学習」へというわけだ。 グループをどう組織するか、例年の悩み。同類の者がべったりとくっつくため、グループ内グループに…

逆戻り

○せっかく「時差ボケ」状態の睡眠から脱出し始めたのに、今朝4時半に、タビチョを怖れるマヌの悲鳴にも似た大きな鳴き声の連続で起こされた。その後、眠れず。今日の講義2コマに大きな悪しき影響を与えてしまう。「教育実践は万全の体調で臨まなければならな…

啓蒙ということ

暗闇を明るくする。「暗闇」とは端的に言えば神の摂理の世界。その世界を打ち壊し新しい摂理を照射する。新しい摂理とは近代主義、理性に基づく合理主義。 はてさて、このように板書すればみんなノートに写しとり、試験をすると言えばそれをペーパーに吐き出…

ポスター作成のみ

今日やったことといったら、来週水曜日午後6時からの自主ゼミのポスターを作成したことのみ。「本谷先生のお話を伺う」ことを内容として。帰宅時、ポスターが掲示されているかと思ったら、まだ前のままだった。明日、再度、掲示の張り替えをお願いしなければ…

セガン生育史に関わる古絵葉書の複製

18世紀のクラムシー郊外「バヤン」の絵。ロマン・ロランの『コラ・ブリニヨン』に登場する筏師たちの居住地区「バヤン」を描いたもの。正面に見えるのが「施療院」だが、「施療院」内のチャペルは今日も残り、レストラン・ホテルとして利活用されている。200…

浅草寺と泉岳寺

今日の浅草仲見世通りには外国人の姿も幾組か見えた。少し人が戻りつつあるのだろうか。浅草寺境内もそれなりの人群れ。 例年なら三社祭の大賑わいのはず。浅草神社の境内では囃子が響いていた。法被姿を見かけた。しかし、見学する人は少なく、「賑わい」と…

パンダ弁当

細君が「出かけていい?」と聞く。珍しい。いつもなら「ちょいと出てきます。」なのに、同意を求めるとは。さては・・・。上娘とまるでハイキングかデモかの姿で昼前にいそいそと出かけた。ぼくはセガンの「白痴教育論」でも学ぼうかと机に向かったが、どう…

告別式

細君の叔父の葬儀。親族が集結したわけだが、ぼくの血筋ではないため、知らない人がほとんどと言ってよい−血筋であっても知らない人ばかりだろうけれど−。ただ、とても親しくしていただいていたおじさんの姿を見いだした時の懐かしさったらなかった。細君の…

ぼくの初めての自主ゼミ経験

東京教育大学に入って、いきなりの挫折と大きな風呂敷を広げた将来への希望の湧出と、そんな大学生活の経験の中で、非行と格闘する中学教師、林友三郎先生のお話をだるまストーブを囲みながら伺ったことを、ふと思い出した。学生が何人いたのか、だるまスト…

講義と自主ゼミ

昨日の教育基礎Cは日本近世の庶民の識字の問題。ぼくなどが学校で学習した「日本近世」の庶民像は「無知蒙昧」的存在だった。それは史実に近いのか虚妄なのか。平仮名、片仮名、漢字という文字文化などから受けるローマ字文化圏の識者の印象は「ローマ字文化…

欠礼

今日は細君の叔父の通夜だが教育基礎の講義の終了時間と通夜の開始時間とが重なり、欠礼した。細君と上娘は通夜に参加。弔花をぼくの名で出しておいたと、細君が言う。 明日の葬儀には参列。

教育の自治をかの天皇制下の歴史事実に求めた―懐かしき修士論文の土台

1.下中弥三郎の「教育自治」論 2.上田庄三郎の学校経営案 久し振りに上庄を紐解く。公立小学校長時代に、彼の許で作成された『学校要覧』(大正13年度)が、「行政命令」乱発時代の現代日本から見ると、きら星のごとく輝いて見える。原文は漢字カナ交じ…

「行政命令」という悪魔

東京でも大阪でも「行政命令」というシステムが好き勝手に蠢いている。新自由主義が暴れ回っている。断末魔のあがきであって欲しいものだ。

隈取り

両目上下の睫毛の付け根を黒く塗っている目の持ち主で、ひらひら薄衣製短キュロット、膝の上まである黒長靴下姿、おまけに抑揚のないしゃべりをする女性が、特定路上や舞台上、テレビ画面にではなく、身近な生活の場でフォーマルな環境にいたら、読者諸氏は…

再:モンテッソーリが「書き写した」ということについて

2003年10月31日日記より 再び、マリア・モンテッソーリがセガンの1846年の大著を書き写したことについて。 モンテッソーリのこの作業を紹介する文では「一行一行書き写した」となっているが、モンテッソーリ自身の手になる文(仏訳版)では「一語一語書き写…

セガンとモンテッソーリ

2003年7月7日の日記に、セガンとモンテッソーリをつなぐぼくの意識が綴られている。以下、その再現。「セガン」と初めて出会った頃の記録。自身の研究課題の発見に辛苦していた。 ++++++++ モンテッソーリは、セガンの700ページを超える大著『白痴児…

セガン教具

若手のモンテッソリー研究者が我が研究室への来訪の意向を伝えてきた。パリ、医学史博物館のブルヌヴィル・コーナーに展示されている「セガン教具」写真をwebファイルの形でサーバーに保存しているのをご覧になったらしい。それとも、かつてHP上で公開してい…

フレネ評価を巡って

昨年亡くなられた大教育学者K先生はフレネ教育を肯定的に評価されることは決してなかったという。やはり昨年亡くなられたW先生は、K先生と共に我が国の生活教育の発展を強く願っておられたが、K先生とは逆に、我が国にフレネ教育を実践的にも理論的にも根付…

虚無

大学の先輩で同業者の某先生が脳溢血で倒れられたとの情報を伝え聞く。意識はしっかりしているということ。がんばっていただきたい。ただただ祈るのみ。:【訂正】「脳出血」とのこと。ご本人から某所に投書がありました。 細君の母方のおじさんが亡くなった…

遠足

日本社会事業大学「教育方法研究」も今回で第6回、12週分となる。各回が2コマ連続であることから、これまでは1コマは理論的学習、1コマは実践的活動を意識して進めてきた。今回は「遠足」で、先週の「ペスタロッチ」学習の発展となる。履修学生全28名が今日…

面談

面談を要する学生二人に日時指定(複数)で呼び出しを掛けていたけれど、結局どちらも現れず。当人たちの問題であるにも関わらず、「忘れていた」とは、先ほど副手を通じて伝えられた。こうした問題に限らずいろんな問題をはらんでおり、まるで何事もないよ…

遅刻

5限の教育基礎D、西5―201という大人数教室。満杯になれば約300人が入る。その分の資料を抱えて教室に入ったのが授業開始8分前。いつもは、学生たちが入ってくる姿を眺めながら授業のモチベーションを高める。カッコづけて言えば「健康観察」。え?他人様の健…

(旧作より)希望−エスペランス

小雨に煙るある日、ぼくは心を躍らせてパリ地下鉄5号線に乗った。目的駅はCorvisartコルヴィザール。所用地はAmis de La Commune de Paris 1871(アミ・ドゥ・ラ・コミュヌ・ドゥ・パリ1871)である。日本風に言えば「1871年のパリ・コミューンの友」であろ…

「むすんでひらいて」で講義開始

ルソー、ペスタロッチ、セガン。これを一コマでこなした。絵画資料、写真資料を使うてな。 自然状態、経験、感覚、全人格発達。これらで共通するけど、明確な差別者ルソー、貧困者への愛ペスタロッチ、障害者への献身セガン、という公式が成立する。そんなこ…