香害

 もう10年も前になるが、「禁論:パリ見参の日本人論」という馬鹿エッセイを綴ったことがある。要するに、他文化社会に行って自文化のままでありながら他文化の一員になった如き振る舞いをしている馬鹿―あ、こう書くと、おれのことだなぁ.でも、書いたことは、おれのことじゃないんだけど―をいじくったモノだが、その中に、次のような一節がある。
「(前略)・・・メイクというのだそうだが、顔の化粧が濃く、独特の雰囲気を醸し出している。側を通ると化粧品の匂いがぷーんとする。地下鉄のなかで彼らの近くにいることになったら、ぼくはもう、不幸としか言いようのない状態になる。(後略)」
 パリ生活の経験だけではない。デパートの化粧品売り場は、我が国の場合、どういう訳だか1階に店構えをしている。その奥の雑貨売り場に用がある場合は、化粧品売り場を通り抜けなければならない。大げさでなく耐え難い不快感に襲われ、急ぎ足で通り抜ける始末である。だが、これは、ぼくだけの異常感覚なのかもしれないと思い続けてきた。あまりというかまったくというか、化粧品類の「香害」を難ずる声に出会ったことがないからだ―そのくせ、「おやじ臭」などと言って排斥行動はあらゆるメディアから発せられるのだが―。
 だが、ぼくのこうした屈折した思いをみごとに晴らしてくれる声と出会った。嬉しい。今日の毎日新聞投書欄。「女性は『香害』にご配慮を」。投書の主は60代はじめの男性。イヤ、ご同輩、昨今は男から発せられる「香害」もすさまじいですぞ、柑橘系、とか言って。つーんと脳天に響きます。