トド鶴恒例初詣 「国家を裏手で牛耳るぞ!」

 「初詣、今年はどこに参りましょうか?」
 「えっとねー、候補はねー、愛宕神社氷川神社日枝神社。」
 「それ、全部ですか?よござんすね。」
 「欲張りすぎですよー!どれかにツルピンが決めて、エスコートしなさい。」
 「エスケープなら得意ですが・・・・ブツブツ・・」
 というようなメールのやり取りの翌日、1月4日、お昼前、トド鶴が落ち合いました。トドは和装!「これ、成人式のときの布地だから派手なの」「いえいえ、とても素敵です。」
 
 都心と神社、しかも高級オフィス街という意外性のある組み合わせは、江戸・東京という街の歴史を知ることによって、意外性でもなんでもなくなる。ただ、正月の都心というのは、人や車が少なく、抜けるような青空に心を奪われる。「さあ、何駅で降りますかね。」禿の鶴があらかじめ用意しておいた三社の下車駅のメモを見ながら、銀座線赤坂見附駅で下車して日枝神社に行こうということになった。
 日枝神社といえば、禿の鶴が授業でとり組んだ群読実践、北原白秋の詩「お祭り」に出てくる「山王の祭り」について「教材研究」をしたときに具体的に知った神社名である。神社といえば時々の政治権力となんらかの関係性があったことは当たり前のことだが、しかし、「山王さま」は、ずば抜けて、政治権力との密着度が高いことを謳い文句にしているように思われた。気に食わん!が、食わず嫌いでいることはもっと気に食わん!

 日枝神社発行の「参拝のしおり」は格調高い風を装っているあまりの悪文なのでそのままここに紹介することは止しにするが、始源が鎌倉初期、太田道灌が城内鎮守神として崇め、家康が将軍家の産土神として崇め社殿を造営した、とある。社殿は江戸城内から現在地に移されると共に江戸域の総氏神とされた。明治になって、皇域の鎮護の神として官幣大社に列せられた・・・ということのようだ。「わっしょい、わっしょい、わっしょい、わっしょい・・」の山王祭例大祭)は6月15日に行なわれる。
 エスカレータも設置されている日枝神社。「エスカレーターなんてねぇ」と言いながら我らはコンクリート作りの階段をえっちらおっちら。でも、それは、正面鳥居への石階段の道とは違っていた。少しの歴史を感じさせる石階段は帰路にたどることになる。
 境内をキョロキョロと見回しながら進んでいくと。エー、おせんにあんぱん、キャラメルはいかがっすかー、という呼び声などないテキヤさんの店がずらりと並んでいた。おなかは空いていたけれど、お昼は高級レストラン飛び込み予定なので、素通りを決め込む。それにしても、社殿はじめ、新しいなー。貴婦人トドちゃんが、あれっ、あそこ、という声と歩みはじめにつられてついていくと、お神酒をいただくところ。下戸の鶴はまったく気がつかない、気がついても知らん振りするところ。トドちゃんに倣ってお神酒をいただく。ウン、お酒だ。
 間違いなく学生アルバイトで有難みが何もない巫女さんの舞などをしばし見学。でもそれは、破魔矢を購入し、願掛けのためにお金を払った人に対して行なう「魂入れ」の舞。有難くも尊い営みなのだろうなー、破魔矢を買った人にとっては。

肩車をしている男性は、じつは白人さん。

 
 裏手というか横手に回ると、人っ気がほとんどない、古い社殿がある!日枝稲荷神社で、この社殿は文化財に指定されているとか。しかし、社屋建替えの計画があるようで、「浄財」寄進の求めが張り出されていた。

 
 日枝神社の石段を下り大鳥居を潜り抜けると、前方に、国会議事堂が見えた。なるほどねー、日枝神社は現代もなお、政治権力の間近な存在なのだ、と思わせるほど。
 「せっかくですから、国会に行ってみましょう。」

 我らがトドちゃん、国会浄化のため、いや、汚れきったわが国の変革のため、国会議事堂に、いざ、打ち入らん! いや、裏門だから、密かに忍び込んで・・・。
 
 いやいや、ちゃんとね、正々堂々と議論できないわが国の議員達のために、取って置きの、「裏門御用」の場所があるのですよ、トドちゃん。そうそう、そこの料亭「瓢亭」ね。記念写真を撮りましょう。おやまあー、すっかりお似合いです。
 
 日枝神社近辺は、すっかり現代の頭脳となっている。我が思春期憧れの日比谷高校などもある。しかし、かつては純然たる農村。東京酪農発足の地でもあるとの案内がJAによってなされている。この二つを調和的に示すような図柄はないものか。

日比谷高校敷地の枯れ芒

 
 そして・・・
 都心に梅が咲いていた・・・。いや、梅ではないぞな、ふゆざくらぞな、ちょっとがっかり、いっぱい温かい。

 今年は、うんと、いい年でありますように。