健康の家

 修道士などが精神病者と同居生活をしていた、労働も一緒。このことは中世に源を見ることができるらしい。では、精神科医が「健康の家」を創設し、精神病者をそこに住まわせていた、というのはいつごろからなのだろうか。ピネル、その弟子のエスキロル、ベロームはいずれも健康の家を創設している(ベロームはその父が創設)。彼らは「精神病者」が医療対象であったが、「イディオ」について、歴史的な言及をしている精神科医である。ピネルはidiotismeという概念でidiotは病気であると説明し、エスキロルはidiotieという概念で病気ではなく状態であると説明し、いずれも「不治」であり、変容は見られないと結論付けた。それに対してベロームは、idiotは変容・発達が見られ、何らかの教育が可能である、と博士論文をまとめた(1824年)。となると、三者三様の「健康の家」の姿があったろう。
 それとも、三者はそれぞれの健康の家で、精神病者は保護をしたが、idiotは除外したのだろうか。そんなことが気になる今日一日。
 セガン1843年論文(「イディオたちの衛生と教育」)の書評が『ガゼット・ド・メデサン・ド・パリ』に掲載されている。その冒頭は、イディオが変容可能であることを指摘する人は前からいたが、実際に教育に携わり、それを実証した最初の人がセガン氏である、となっている。
 こうした19世紀前半的なものの意義をきちんと掴み取りたいものだ。