出版不況のご時世の中で

 過日、かつての友人(仲違いしたわけではなく、いつしかまったく交流が無くなってしまい、いつしか氏はぼくにとって殿上人となっている)の村山士郎氏が、教師の優れた実践の記録書を出すことが難しい時代だと、書いていた。実践記録は、実践をした人だけのものではなく―実践をした人の記念碑ではなく―、それが教師たちへのよきガイドとなり、モデルとなり、交流を生み出す源となる。そうした教育実践創造過程に出版文化が寄り添ってくれていた時代がながくあった。そして、優れた実践が全国に誕生した。出版文化があればこそのことである。こうした文化は電子化でまもられるだろうか。
 この、時代の猛吹雪の渦中、H氏が実践記録を世に問うべく、奮闘しておられる。昨日はそのための検討会、いや。研究会。教育を教師の手から子どもへと文化伝達する営みであることから、いかに脱し、いかに新しい教室文化を創造していくか。H氏の教育論は、是非、多くの人にー教師に、未来の教師に、そして親に、さらには教育行政家に、教育学者に―読まれて然るべきである。そこにこそ教育改革の本舞台がある。