赤旗に書評が載った

 今日の『しんぶん赤旗』に、ぼくの『知的障害教育の開拓者セガン』の書評が載っていた。書評子は清水寛先生。800字弱の中にどのような情報を載せ評するかというご苦労があったはずである。意表を突かれたのはペリシエ等の資料集をぼくの研究の出発にしている点である。先行研究の省察でかなりの時間を割いたことがあったからこそ、その資料集の意味があるのだけれど、先行研究批判、すなわちティスト・クリティークには及んでいない。清水先生としては、「知的障害教育」という分野に及ぼしたセガンという人物の、それにかかる思想・理論等をこそ、解き明かすべきだ、という問題意識があるのだろう、そういう視点から評し、研究の課題〔すなわち拙著の大きな問題点〕を書き添えている。
 それは、ぼくにとっては、ぼくがこの本に掛けたエネルギーとは、ほとんど交わることのない問題提起である。その点、2日前に届いた、教育実践史研究会の昔の仲間からの読後感のほうが、ぼくの研究の意図〔方法論〕を明確に言い当てているように感じられる。もっとも、あまりにも褒めすぎ、文字通り過分な、あまりにも過分なお褒めである。以下のごとし。
***
(前略)
 まとまった時間を得てひと息にという形にはなりませんでしたが、私なりに全体を通して拝読しまして、唯々ご研究の充実ぶりに深く圧倒された思いがいたしました。
 史料の博捜、精緻を極めた史資料批判に基づく展開、イディオに関するセガン教育学の再構成に加えて、広く19世紀フランスの精神医学やイディオ教育の実相も含めて、大きな川の流れのように進められるご本の叙述には、久しぶりに、誠実な研究の在り方をみたという深い感懐を持ちました。
 セガン研究を塗りかえる高度の学術書でありながら、一方で、この分野の予備知識を持たない私のような者も、次々と進む叙述、展開にひきこまれていく、ご本の構成にも感嘆致しました。入念な筆の運びは申すまでもありませんが、何と申しても、実地踏査による史料の検証、事実の分析の重みに、また、こうしたご辛苦に満ちた解明の作業のもたらした成果に、読む者にも素直な感動を共有できるものがあると思います。
 また、サン=シモン主義との関わりについては、全体を通してその重要な意義が示されていると思いますが、特に第2章で、新史料をもとに革命運動における役割も明らかにされているところなど、大変興味深く拝読いたしました。スケールの広大さ、セガンの活動と生涯がそうであるように、本書で示されたご研究自体が、まさに私たちに対して何を学ぶべきかを、大きなスケールで教えて下さっているように受けとめました。
 第3章を中心に、セガンの実践を具体的なすがたで知ることもできました。既成の精神医学や施設での扱いと対抗しながら、実践をどのように展開しようとしたのか、実践史的に解明されてく様子は、ありふれた表現で恐縮ですが、まさに、圧巻というよりありませんでした。
(後略)
***
「あるパリ日記」をアップ。アドレスは、
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~920061/parisonly.pdf