しのぶ会

 午後、上野にて「若狭蔵之助先生をしのぶ会」に出席。当然のことだが、若狭先生との具体的交わりと、それが自己の社会的存在と如何に密接に結びついているか、とのお話が相次いだ。ぼくもスピーチを求められていたのだが、お一人お一人の長い長いお話し故時間が押している状況であったので、休憩の間に、スピーチを辞退するむね申し出た。3分から5分の予定が10分以上ともなれば、会の進行を妨げる以外の何ものでもないだろうに。それほどに深いつながりを感じておられたのだと感じ入るばかりである。
 予定していたスピーチ内容は、「私にとって若狭蔵之助という存在は、メアテであることは確かなのだが、霧の向こうに霞んでいる存在であり続けた。その霧を晴らすことができたであろう学習院大学でのご講義後の研究室での懇談も、ほんの1年程、病で倒れられて、膝を交えた「学び」ができなかった。その後も、私の怠けで霧を晴らすことはできず、永のお別れとなってしまった。これからは自学自習、自主自律で、霧を晴らす努力を続けようと思う。」