お遊び、からかい

 あと1年余後の退職を意識し、研究室の書棚をつらつらと眺める。大学教育生活を明かす史資料、研究者自立を求めた足跡を明かす史資料、研究転換試行の史資料、研究発展の史資料、研究深化の史資料その他関連いろいろ史資料。どれもこれもぼくを説明するものだから、捨てがたい。しかし持って帰ってもしょうが無い、もらってくださる個人や機関があればありがたいけれど、ここまでご足労いただくのもどうかと思う。
 そんなあんなやで書架の前をうろうろしていて、一冊の簡易製本本が目に入った。ヤン君の個人新聞「オニカナ」合冊号だ。埼玉大学後期に学びあい、援助をいただいた君だ。某大学院に進んでからもぼくやゼミを案じて足繁く通ってくれた、その足跡が「オニカナ」である。この中に、ヤン君の軽やかだけれど風刺が効いた批評が多数載せられている。この当時ヤン君はぼくのことを「オヤカタサマ」と呼んでいた。親方様というよりお館様という意味合いで使っていたのだろうと思う。なぜなら、「マイ・マミー」のニックネームもぼくに付けていたから。マイ・マミー=ワガ・ママ=ワガママ。センス抜群だ。
 その彼の個人新聞合冊のあるページを見ていて、吹き出してしまい、しばらく笑いが止まらなかった。画像で再現した方がいいとスキャンをしたけれど・・・。うまく貼り付けられない。要は、
「今年のゼミの女の子は目に入れても痛くない」というぼくの言葉とぼくの目の表情(絵)
「女の子」と両目に書き込み、「ほら、痛くない」
続いて「男の子」は・・・・「やっぱり痛い」 というオチ。
 ヤン君どうしているかな?
 ・・・こんな調子だもの、捨てるのは身を切るほどの思いですね。