朝の空気に乗って

 退院後ちょうど1週間。居室の整備をあれこれして手の労働訓練をし、2階の我が「書斎」にも所用を見つけては通って階段の上り下り訓練をし、杖つき外出の機会をできるだけ持ち、などに努めてきた。昨日は家人が留守だったこともあり台所に立ち火を使った。今朝などは包丁を使いもした。(ただ、左手の不全な状態は一向に改善されないので、リンゴの皮剥きはどうしてもできなかった。リンゴを持つ左手が安定しないからだ。これはできるようになるまで時間がかかるなあ。)
 ただ、行動範囲がとても狭く、社会的にはおままごとみたいなものだから、「できるようになった」とは言え「自立への自信・安心」にはほど遠いところにいる。
 今朝も6時に起床。雨戸を開け、ガラス戸をちょっとの間、開け放す。冷えた空気が室内に流れ込み、たちまちの内に身体の目覚めとなる。いい天気だ、散歩に出よう!今日は遠出ではなく、時間をかけてみよう。健康な時によくジョギングをした最短コース、5分程度、ご町内一周コースだ。1キロほど。100メートルを休息を入れて往復するのが関の山だった昨日から比べると、大丈夫だろうかという不安が強くあるが、思い切る時はいずれの日には必要となるのだから。
 3町内が共有する「今谷南子供の遊び場」をぐるりと回ると、一面はサッカーなどのグランド用、もう一面は鉄棒、ブランコなどの遊具の揃ったアスレチック用となっていることを知った。まだ誰も来ていない。アスレチック広場には凹みがある面があり草がわざと生い茂った状態になっている。今のぼくには足を取られる可能性があり危険なのだが、何、草がクッションとなって転倒しても怪我の可能性は少ないだろうと判断し、分け入っていった。左足の上げ下ろし、つま先、かかとを意識して屈折を大きくする。足下に感じるクッションが心地よい。
 公道に出る。この時間帯は車通行禁止なのだが、違法行為車がかなりのスピードを上げて走り抜けていく。縁石を設けた歩道はなくラインを引いただけだが、そのラインを超えて歩行ゾーンを走る車がある。杖つき歩行のぼくに向かって、クラクションさえ鳴らすバカがいる。ここまで車の違法・不法行為ができるのは、少なくともアメリカやフランスで見かけたことがない。弱者を保護することが自らも保護することにつながる、という「市民性」が未熟な我が日本の実態だ。「監視する者がいなければ何をやっても大丈夫。」まるでガキだね。
 こうして30分を超える杖つき歩行を事故無く終えることができた。さあ、次の目標は交通機関駅までだ。そしてその次は電車に乗って…・。
 
○午後、イアン、暁、善、光の訪問を受けた。この機会に、車庫に入れてあった研究室からの持ち帰り荷物のいくつかを居室に運び込んでもらった。`Voyage d'un petit Parisien  De Paris à la Mer`を取り出す。「パリから大西洋へ パリッ子お子さま一人船の旅」とでも訳そうか。ひめさまから「重いものを読むんじゃなく、セーヌ川のでもお読みなさいな」と助言をいただいていたのだ。この本はずっしりと重いのだが、ひめさまの言う「重いもの」の意味とはもちろん違う。丸善の綿谷さんのお見立てで購入した稀覯本。小さなパリっ子がパリからセーヌ川を下って大西洋まで帆船で旅をするお話。毎日少しずつ読み進めていこう。
 その後、白山神社で皆揃ってお花見(昼食会)。朝の長い散歩といい、午後のお花見といい、退院後、初めて実社会に触れる活動。家族の思いやりに感謝。さすがに疲労困憊。