豚 の 耳

〜昔々の創作エッセイが懐かしくなった〜
久しぶりに、ぼくが夕食の準備をすることになりました。今日のメニューは、ローストチキン。 なじみの肉屋で、若鳥を一羽買ったついでに、豚の耳を、一対、買いました。
この頃は、娘たちも大きくなって、好物の鳥肉だと、家族4人一羽では、ちょっと物足りなさが残ります。そこで、変わったものはないか、とウインドウを眺めていたら、豚耳が目に入ったのです。この店には、ときどき珍しいものが置かれます。
買ったものの、生まれて初めての調理。料理の本を幾つか見ましたが、調理法は載っておりません。さあ、どう調理しようか、と耳を手にもって思案しているところへ、細君がやってきました。
「ちょっと後ろむいてて。」
「何かな。すてきなものでもプレゼントしてくれるのかな。」
「まさか、古浸女房には、誕生日だって、プレゼントいたしません。
・・・もういいよ。」
くるっとふりむいた細君は、とたんに大きな声で笑いはじめました。
豚の耳は、わたしの手に添えられて、わたしの頭の上に立っています。
わたしには見えませんが、どれほどにおかしな光景なのでしょうか。
それでお遊びはおしまい、と思っていましたが、細君が、
「ねえ、わたしはどう?」
と、豚の耳「遊び」を催促してきます。
学校の教師がこの場にいたら、「食べ物で遊んではいけません。」なんて、怒られたのでしょうか、それとも一緒に笑ってくれたのでしょうか、それとも・・・。いらぬ空想をしてしまいました。先生様、ごめんなさい。
細君は丸みを帯びた、四角い顔だちをしています。頭の上に両耳を立てたところ、なかなか似あっています。二人で洗面所に行き、鏡に写して確かめてみました。
「なかなかお似あいですね。」
「でも、こうやって見ると、豚の耳って大きいのね。」
・・・二人の娘、そして愛犬ジンジャーにも、豚耳「遊び」をしました。
娘たちは大喜び。二人とも、やはり洗面所にいって、我が身を映して確かめました。
「亜紀はよく似あうけど、わたしは、まさに豚だね。おお、ディンジャラス。」とは長女の由味。
何事か、と思ったかどうかは知らないけど、ジンジャーが、二人の後をついてまわります。亜紀が彼女の頭に耳をかざりました。でも、彼女はもともと大きな耳をしていますので、まるで、耳が四つ、頭の上に立っているようでした。
「ジンジャーさん、あなたが一番、似あいません。」
そんな声が聞こえたのでしょうか、ジンジャーは、豚の耳に跳びついて、パクッ!
その後、豚耳は、塩、コショウ、ニンニクがすりこまれ、フライパンで胡麻油、コーンサラダ油で炒められ、さらにその上、ムシキの中で30分ほど蒸されました。
3ミリほどの千切りにされ、食卓の上に並べられた豚耳は、若鳥と共に、あっというまに、娘たちとわたしと細君の胃袋に収められました。この順に、多く食べた、ということです。それにしても、若い娘が、こんな「ゲテモノ」類を、喜んで食べていいのかなあ。お嫁のもらい手がなくなっちゃうぞ。
柔らかい皮とコリコリとしたナンコツの舌ざわりが、食欲を増してくれます。酒飲みでしたら、こんな時には、ちょっとつまみに、ということになるのでしょうが、この日は、我が家の食卓には、アルコールは一滴も上りませんでした。
そうそう、ジンジャーも数片、口にすることができました。彼女の口から、コリコリっというおいしそうな音が聞こえ、皆で大笑い。
「お父さん、今度は牛の耳、買ってきて。」
そんなもの、売ってますかしらねえ。