セガン研究総括

 埼玉大学前B-plantにて、お昼前より4時ごろまで、このほど冊子にまとめた『白痴教育の普遍化を求めたエドゥアール・オネジム・セガン』について、S先生よりご講評をいただく。
 1.「白痴教育の普遍化」には2通りの理解が生じる、1つは「白痴教育」は一般教育に結合されること、2つは「白痴教育」を一般に広めること。
 同意:これでは、ぼくの意図したテーマ(すなわち内容)とは異なる理解となるわけで、内容に即したテーマに変更する必要がある。もちろんセガンは、上の2つをも意図する教育論を構築したが、それはアメリカ時代のことと言ってよい。
 2.ルソーの教育論『エミール』との無関係性の論理は納得がいかない。
 反論:アメリカ時代のセガンの教育論から見る論理構築と、セガンが白痴教育に取り掛かる論理から見る論理構成と、どちらに重きをおくかという問題。先行研究は前者、ぼくは後者。フランス時代にルソーと出会ったとしてもそれは一つの情報として「出会った」という可能性があるだけで、ルソーに寄り添って「白痴教育」論を構築する必然性はない。サン=シモン主義「哲学」をもっと見るべだ。
 その他細部において訂正を求められるご意見をいただくと共に、花丸もいくつかいただいた。全体として「セガン研究の新時代が誕生したという実感がある」とのお言葉をいただき、ホッと胸をなでおろした次第。

 夜は自主ゼミ。