もうすぐ新入学

 昨日はイアン一家に招待された食事会。併せて、善のランドセルを買い求める。ランドセルは食事のお返しにぼくからプレゼント。「ランドセルはわが学習院が考案したものなのだよ。」と暁に言うと、「へー、ほんとー」と意外そうな顔をした。思春期の頃の彼女だと「それが何なんだよー。」といらいらしたような表情をしていたのものだなと、つくづく「時」を感じさせてくれた一瞬であった。
 買い求めるランドセルの支払いを済ませている間、善は件のランドセルを盛んにいじっていた。蓋を閉じるキーのところがとりわけ気に入ったらしい。この大きなかばんを背負って、4月から学校へ。いろんなことを学ぶんだろうなー。


 年末に訪問する予定のジャマイカの教育システム等について、イアンから多少のレクチャーを受ける。「イギリスのやり方」だそうで、3歳から幼稚園、6歳から小学校、12歳から5年間がハイスクール。わが国戦前の学校体系と同じだと考えればいい。アメリカ風の中学校、高等学校の区別はない。ハイスクールへの進学率はどのぐらいかとたずねたが、はっきりとは分からないが3割程度ではないかという。おー、50年前の我らと同じではないか!暁が付け足して言う、「3割入学しても、年々、ドロップアウトするから、実質就学率となると、もっと低いでしょう。」 うん、それは何処も同じだな。
 今日はじめて知った話。イアンは教員養成のカレッジを卒業していたことは先日聞いたのだが、1年間、ハイスクールの教師を務めていたという。ほー、で、教えた教科は?「英語と宗教と文学」。どうして教師を辞めたの?「教えている生徒とあまり年齢が違わないから、教えるのが難しかった。」うーん。このあたり、わが国の学生たちの教師観とはまるで違いますねー、なんせ、「生徒と教師とは近しい関係、つまりフレンドリーであること。」を「理想の教師象」とのたまわれるのだから、彼奴らは。イアンのさりげない一言は、ヨーロッパ、アメリカのいわゆる欧米文化における教師の「権威」をリアルに示してくれている。
 「おとーさん<これは日本語で>、<以下英語で>ジャマイカにぜひいらしてください。二箇所の学校の参観が可能なように手配しているところです。」
 
 光がまたまた大きくなっていた。ぼくの顔を見てニコニコしていた10日前とは打って変わって、大泣きに泣かれてしまい、ぼくは終日、光から逃げ回っていた。光の左のほっぺには涙が・・・。

 
 帰宅後セガンの1856年論文の訳出を完了させ、前書きと注記を書く。