ショートショート 第2回 あらとうとう抜け歯水洟禿げ光

 某月某日 光り輝く朝 
 家族からようやく開放された洗面台に向かう。歯を磨く。歯ブラシがやたらがちがちという音を立てる。そういえば、夕べ犬歯がスポッと抜けたのだったな。
 奥歯はごまかすのが簡単だけど、人様に犬歯がないのに気づかれないためには、どういう口のあけ方をすればいいだろうか。ああでもない、こうでもないと鏡とにらめっこ。スーッと鼻の下を流れるものがある。顔をちゃんと拭いていなかったのか。丹念にぬぐう。再び鼻の下をスーッ。?・・まあ、こういう時もあるわさ。
 そうだ、今日はあの娘が訪ねてくる。髪をとかし身だしなみを整えなきゃ。若く見えるヘアースタイルを。・・スカスカ。え?下から見上げるように頭を鏡に映して見る。え?天辺、かなり、無いの?抜け歯はごまかせる。水洟は流れっぱなしではあるまい。だが、窓から差し込む朝の光を照り返す広大な天頂禿げはごまかせないぞ。頗る焦る。

 あの娘がだんだん遠のく光景を、鏡のぼくの姿の向こうに見てしまった。ああ、幻であってほしい
 
 松尾芭蕉元句:あらとうと青葉若葉の日の光