ショートショート 第3回 そのあたり目に見ゆるものは肉々し

 おひげを立派に伸ばし飄々としておられた「仙人先生」の授業の試験監督をおおせつかった。机間巡視などして時を過ごしたが、どう見ても場所にそぐわないファッションの若者が多い。なんだね、試験の最中にあの黒い帽子は。なんだね、あのクルクル茶髪と肌の色は。で、決定的な光景を眼にしたぼくは・・・・
 
「まだ昼下がりだったと思いねぇ。電車のつり革広告を見ていたら、『これからの流行はこれだ!』ってんのがあってねぇ。」
「ほう。」
「ほう、じゃねえ、ファーってんだ。で、わたしゃ、おったまげたね。」
「どうしたい。」
「そのつり革広告の下に、マタギの女がいるんでさ。」
「ほう。」
「ほう、じゃねぇ、ファーだ。女マタギはすごかったぞ。」
「どうだったんてんだ。」
「背中にゃ、偽兎の毛皮だ。一雨くりゃ、毛は抜けてぼろぼろになるような。」
「ファーッ!」
「猫が脅すまねをするんじゃね。それだけで毛が抜けちまわあな。」
「そんな安手の毛皮を着てるんじゃ、その女マタギ、あまり狩はうまくねえな。」
「おまえさんもそう思うかい。確かにねぇ、布地を買う金が無かったと見えてね、へそ丸出しのチンチクリンなのさ。」
「いい女だったかい?」
「山姥そっくりだったな。」
「じゃ、おれはいいよ、その女。」
「お前の女と決まったわけじゃねえだろうが。」
「そりゃそうだ。」
「でもな、貧乏人とも思えねえんだな、女マタギ。」
「どうしてだい。」
「へその周りの肉が、ぷよぷよ、ぷくん、してたからなぁ。食うものには足りすぎてらぁ。」
「一句できた。ローライズ臍冷え塞ぐ背の毛皮 山姥娘」
 
 それにしても、「仙人先生」、ああいう手合いを相手に授業をなさっているわけですねー。・・・あ、「仙人先生」、頭ツルツル髭は無し、諸行無常の響きあり・・・という風情、いや、出家僧そのものでした。そうでもしなきゃあねぇ。
 
松尾芭蕉元句:此あたり目に見ゆるものは皆涼し