しっかりしておくなまし

 つらつらと、翻訳文を読み進める。オー、今日はキーーーーんがないぞっ!アリガタヤ、アリガタヤ、仕事がはかどりまっす。

 ん?どうも落ち着きが悪いな。「私の実践の後に15才から20才の数人のてんかん児が農園や教室において精神病者の後に続き、至る所で同様な実践の数が増加していった。」どれどれ・・

 これは「私」の「実践」が何らかの契機となったことを言っているのだろうか。うーん。・・・・キーーーーーン、頭が痛い。やっぱり原典に当たるべ。
 Avant moi,・・・・
 あんのぉー、「後」ではなくて「前」やおえへんか。
 「私」が教育をはじめる前には、精神病者に続いててんかんの子どもたちが農作業に従事し、教室で読み書き算音楽絵画等を習うようになっていた。史実からすればそうなる。しかし、イディオの子どもたちにはそれらはまったく実践されていなかった、と原著は続くのだ。

 前と後。単純な訳出上のミステークだろうけれど、あまりにも大きなミステークだのうし。

その2
 翻訳書に「ビセートル院の礼拝堂牧師に承認され」とある。あれ?フランス社会の大多数はカトリック信者なかったっけ?公的機関に設置されている宗教施設はカトリックに従っているんじゃなかったっけ?「礼拝堂牧師」にあたる原語はaumonerie。カトリックだと、施設付き司祭、の意になる。住み込み専従の宗教者だ。けっこう権威があったそうな。
 翻訳書直後には「司祭の資格を持った人」などと出てくる。カトリックプロテスタントの区別ぐらいはした方がいいと、ぼくは思いますケン。ちなみに、「司祭の資格を持った人」の原語はle caractère sacerdotal。