何でオレの進行を邪魔するのさ

 有さんに「もう年なんだから止めなさいよ。」と忠告されている。何を止めなさいよ、なのか。他人様に怒りをぶつけることだ。「年だから」ということばには、「若い頃は後先考えずに無鉄砲だったけど」という暗喩が込められている。今、後先考えずに無鉄砲にやって反撃されてもそれを打ち返す能力(体力)は無くなってんだから、やられたらおだぶつだよ、という有さんの友情溢れる忠告だ。だが、このところ、その友情も、ぼくには空回りしている現象が纏わり付いている。「高島易」で占ってみようかしら・・・。ごめんね、有さん。
 事の次第は次のごとし。
 通勤時歩道線内をブロック塀沿いに歩いて駅に向かっていた。あと20メートルもすれば旧水戸街道と交差する。右後ろから車がやってくるのが感じられると思う間もなく、その車がぼくにすり寄ってくる。身に危険を感じたぼくは足の速度を落とした。しかし車はさらにすり寄ってきて、ぼくは、車と塀に挟まれる危機感を覚えて立ち止まった。車は完全にぼくの行く手を遮断し停車した。歩行妨害されたぼくは車を蹴飛ばしたくなる衝動、窓ガラスをたたき割りたくなる怒りをぐっと抑え、車の後ろに下がり、通り過ぎる他の車に注意しながら歩行妨害車の右側を通った。運転席を覗き見し、窓を強くノックして開けるように促した。絶対に開けません、という意気込みが伝わってくる。やべーなー。しゃあ無い、怒鳴り声挙げるか。「何の目的があって通行妨害するんだよ。」「信号で右折してくる車を避けるため。」「あのな、この後ろの停止線で止めるだろう、常識でも法律でも。」「おれの常識ではこれだ。」・・あかん、「おんどりゃぁ血ィ見るでぇ」という劇画調の空想画が浮かんできた。それを押さえてくれたのが、運転席の主がぶるぶる震えている恐ろしく爺さんだったことと第三者の拍手だった。ぼくのあとから歩いていた人も、同じような怒りを覚えていたのだ。やっとのことで駅に着いた。
 日暮里駅までは週刊新潮のことば少ないグラビアページの、悲しみと怒りの静かで強烈な表現にオマージュを覚えて、やれやれ、今日の一日を敬虔な気持ちですごすことが出来るワイと思ったのもつかの間のこと。
 昼食にと、お弁当屋さんの店先に並んだ。この店は自分で手にとってレジのおねーさんに渡す方法。先客が品選びをしている。ぼくはそのおばさんが身体で隠している弁当視覚からはずれたところに身を寄せ狙いの弁当を取ろうとしたら、おばさんの身体がそれを塞いだ。仕方なくおばさんの左空き視覚の方に身体を移し替えて弁当を取ろうとしたら、再びおばさんの身体が邪魔をした。んっと・・・。店のね―ちゃんと目があった。ねーちゃんの目は笑っている。苦笑いってやつ。でも、ねーちゃん、おばさんにもぼくにも声を掛けない。なりゆきに身を委ねているわけだ。さあ、困った。もう一度ぼくは右空き視覚の方に身体を移動したら、またまたおばさんの身体が塞いだ。偶然にしてはあまりにも度重なる。ちょっとどついてやろうと怒りがこみ上げてきた瞬間、おばさん、「たいしたもの、置いてないわね。」とつんぼのぼくにも聞こえる声を出して、場を去った。ぼくは、たいしたものを置いているその店のたいしたものである弁当を買う目的を持っていたので、当然、「これ下さい。」とレジに進んだ次第。
 車のじいちゃんは横が目に入らない、店のおばさんは後ろにまったく無関心。あとはトイレでも若い衆に二度もじいちゃんのようなことをされ、小便器を奪われた。
 こういうのを自己チューと言いならわしている我が日本社会だが、ぼくはそうではなく、他人は存在しないものと認識するという、自己チューからさらに先に進んだ社会精神状況だと思っている。人はいっぱいいるけれどその人とは何ら関わことなどない自分がいる。群の中の孤立状態。
 有さん、こんな時代社会だから、やっぱり、劇画的にガツンと一発やってさ、他者が精神を持った肉体として存在するんだよ、って教えてやりたいよ。気持ちの中で、ね。