筑波に行く


 朝7時前に自宅を出て研究室へ。メール作業をし9時半には研究室を出て筑波へ。北千住からつくばエキスプレスで終点まで。駅舎の外に出ると、まさしく規格品都市区画。同じく人工都市であるパリとはまるで違う。不揃いの建築物が落ち着かない。ぶつぶつぶつ、トドちゃんにメールでぼやいたら、「せめて大きなカエルでもいればいいのにね。」との返信。まさに同感。しばらくいくと交差点に、茶色カエル(「筑波山麓合唱隊」の一員)が描かれている標識と出会いました。
 自然的風物を探しながら歩く。雑草ぐらいなものだな。今の季節にふさわしい草花と言えば…

 まるで蝶が二匹艶を競って留まっているかのような小さなガクアジサイ

 まるで白狐の尾のような美しい曲線を描いて揺れる穂

 そして風に一斉になびきます。・・・・てくてく…
 あ、目的は学校訪問だった。
 ・・・約2時間の学校訪問は無事終えました。
 「これから授業を始めてみたいと思います。」という小学校学級会並の号令―ただし、生徒によるそれではない―で始まり、「それではこれで授業を終わりたいと思います。」(さすがに、「終わってみたいと思います」とは言わなんだ)という号令ー同じく、ただし、生徒によるそれではない―で終わる教室風景は、これから増えていくのでしょうか。テレビのアホアナやバカタレが「これからこれ食べてみたいと思います。」などと言うのをやめてくれない限り、増え続けていくのだろうな。やめてもらいと噛みついてみたいと思います。
 校長室でご挨拶中、校長が「私は教育大最後の学生。後輩がいないので、4年になっても道場の雑巾ガケでした。」と言われた。なんとぼくと同窓だったのだ。このブログのコメンテーターでお馴染みの有さんと同期だと思う。学部は違うけれど。校長「E館だけが当時の面影として残されていますね。」、ぼく「E館前の貧弱なモノをつけた若竹の像も。」、側に座る教頭、にっこり。あれ?教頭もあれ知ってるのかしら?校長、苦笑いしながら、さすがに上品に話題を本題に進める。「そのE館も壊されるそうですよ。寂しいモノですねぇ。」、ぼく「もう50年以上も経っていますから、法的にも建て替えが求められるのでしょう。」こういう会話を交わすことができるぼくを発見して自身で驚いた。それだけ年月が過ぎ、それだけ老いた、ということだろうか。
 学校を退出して、違った道をと、松林の林間の道を進んでいったが、途中でとんだ方向違いだと気がつき、結局、来た道をそのままたどって駅まで戻った。こんなしゃれた家があったが、団地群の端にへばりつくように建っており、折角のデザインも浮いて見えたが、美を知らないぼく故、偏見であろう。家主さん、ごめんなさい。

 しかしなんですな。近代科学の街の歩道は広い。しかし、歩けども歩けども、ベンチ一つ無い。団地族のための公園がぽつねんとあるが、草ボウボウ。要は「外来種族」にはまったく優しくない近代科学の落とし子の街だ、ここは。
 今日のブログの結びに…・明日は徳島に行ってみたいと思います。