続オーソドックスとは何ぞや―古書店プラスαの話

 私のフィールドワークはすべて古書店探しから始まる。古書店は地図に書かれていないからまさに当てずっぽうだが、古書店を探し歩く途中でその土地の、その地域の概要−産業、文化、歴史等々−を掴むことができまる。稀にではあるが、土地の親切なマダムやムッシュが「シノア?」とか「ジャポネ?」とか声を掛けてくれたり、時には「アーユーハングリー?」などと英語で訊ねてくれたりする。その時には、気にかかる建物とか物産品とかについて質問のチャンスとなる。おなかが空けば、美味しいかどうか食べてみなければ分からないから適当にパン屋に入るが、あまり繁盛していなさそうな店では、気のいいマダムが、「日本人がここに来るのはめずらしい、何しに来たの?」などと声を掛けてくれ、古書店以降のおおむね目当てとしている訪問先についてガイドをくれる。
 古書店探しは研究資料を入手するのが直接の目的だが、それ以外の「美味しい出来事」と遭遇することになる。とくに私のように頼りない者を見ると、店の親父さんがありったけの援助をしてくれるので、大変ありがたいわけである。セガンの生誕の地・クラムシーを訪問した時に入った古書店では、クラムシーの主産業であった薪材生産と筏流しについて、研究論文の何本かを紹介され、ついでに判明しているクラムシーの薪材商の一覧の中から「セガン」の名を一緒に探してくれた。「セガンの名はないね。」「エドゥアール・セガンのおじいさんがクラムシーの薪材商だったと、研究上は言われてきています。」「でも、ないね。まだこの一覧は完成していないようだから、そのうちに発掘されるかもしれないから、気落ちすることないよ。」と大変ありがたい研究援助をいただいた。
 このように、その土地すべてが、私にとっては、研究上のアシストになっている。(2005年7月2日)