あれこれあれこれ

1.「評価レポート」の提出遅れ(締め切りは先週金曜日)が幾人か。呆れ果てるしかない。「置いていく」ことは許可。当人の前で斜め読み。あるレポートには、「グループの討議を指揮る」とある。愕然とするしかない。
2.札幌で開催される日本モンテッソーリ協会第44回全国大会参加に向けて飛行機と宿のチケットを入手するため、池袋、東武観光へ。目白にあった「目白観光」は携帯の販売店に姿を変えた。不便で仕方がない。「この時期、お高いですよ〜」笑顔の向こうで、爺さん、金あんの?と言わんばかり。「年寄りにはきついですね―、この季節。」 話題を気候と引っかけたのだが、分からなかったようだ。それにしても、全員揃って「いらっしゃいませ、こんにちは。」攻勢には向かっ腹が立つ。他のツーリストを捜したいものだ。出入りの業者さんにいちいち頼みましょうかねぇ。
3.校務で郵便局に行く必要があったが、これまた近在にあった郵便局が統廃合され、池袋に出るしかない。やっぱり目白は「目白村」だなっす。生活的利便性が過疎化している。今日みたいに暑い日は、ちょい散歩を兼ねて、というのは、間違いなく倒れる。メトロポリタン内の郵便局へ。国内郵便専用の窓口は二つ。両方とも切手選びで「あーでもないこーでもない」。5分は待たされていた。見かねたのか、別の窓口のおねーさんが、「どうぞこちらへ」とにっこりサービス。その窓口は小包、海外郵便等。今の「番号札システム」は、「私、少し時間がかかると思うの。だから、あなた、お先にどうぞ。」という、窓口に立ってはいるけれどちょい身体をずらして、切手帳を繰る、後ろの人間は「ンなら、そうしまっさ。おおきに、ねーちゃん、ええ女やなぁ。」と心からの謝意を表明して、目的をほんの20秒で済ませる、という、上品対下品の「譲り合い」の精神を実行することができないようになっているようだ。こうして、日本的美徳は廃れ行くのだなぁ。
4.今朝、ふと気の迷いか、「札束」(数枚を茶封筒に入れてある)をリュックにしまって自宅を出たことに端を発する。郵便局で速達便を出し終え、「そうだ、今、レートはどれほどなのだろう。」と両替所を覗き見た。ネット情報によれば、先週は1ユーロ117円台であったが、今日調べたら114円台になっていたので、実際の両替高はいくらか、気になったわけだ。実際の交換レートは118円台とある。この調子だと、120円台も明日の問題だ。「よっしゃ、札束を替えよう!」 日本にいては使い道のないユーロがおよそ数万円分。今回の旅はカードを使わないぞ、と心に秘めているからこそのこの行為だ。パリの宿は支払い済みだけど、オーセールやクラムシーは未払い。向こうで払うし、あれこれ汽車代、電車代、タクシー代、食事代、そしてぼくの贅沢代(書籍、資料代)諸々を考えると、足りないなどと言うのもおこがましい。さらに「札束」×数束の両替となるんだろうなぁ。