ピョンピョン

 パリ4区ヴォージュ広場からサン=タンヌ通りに抜けるパッサージュ(屋根付き抜け道)に面してしゃれた書店がある。名をHOTEL DE SULLY(オテル・ド・シュリィ)書店と言う。シュリィ邸宅跡の一角で開いているこの書店は、2000年のパリ滞在の最初の頃何度もお世話になったところだ。パリ入門を建築関係(その歴史を含む)から学ぼうと思っていた時に「偶然に」出会った、建築関係を主として置いている書店である。
 今回の旅ではセガンが幼少年期を送ったオーセールに関わる書物を求めたいと、ヴォージュ広場での安らぎの後、立ち寄った。旅には某出版社の若手編集者が同行してくれている。氏もぼくもフランス語会話はまるでだめ、という点で共通しているが、氏の書籍に対する愛着の程度はぼくとはてんで比較にならないほど、強い。さすがプロである。
 さて書店内でのこと。
 くだんの編集者よりはフランス語文字を読み取ることができるぼくは、オーセールに関わる書物が置かれているであろう関連書棚REGION(地域)をざっと眺め、オーセール関係が最上段にずらりと並べられているのに気付いた。しかし背表紙文字を細部までは読み取ることができない、おまけに、当然のことながら、背丈がまったく届かない。踏み台も近在には見つからない。つまり、どの書籍が有用なのかの判断はまったくつかないのだ。「仕方がない、あきらめます。」とはぼく。
 ところが編集者は、レジにいる人の良さそうな店番のムッシュのところに行き、彼をぼくのところに呼び寄せた。そして編集者は、右手を高く上げ、最上段に届けとばかりピョンピョンと跳びはねて、「書籍を手に取って見たい」旨の意思を表示した。ムッシュは負けじとばかり、どの書物が入り用か、とボディーランゲージで問うてくる。ぼくはTOUS(みんな)と、合っているか合っていないか分からないフランス語で言い、背をかがませて手表現で踏み台を求めた。ムッシュはにっこり笑って、店の奥に行き、踏み台を持ってきてくれた。……
 編集者の執念とボディランゲージで貴重な書物を手に入れることができた喜びをどのように表現したらいいか。ルソーよりヴォルテールを愛するぼくは、学士院そばの小さなヴォルテール広場の書籍を開いた形のベンチに腰を下ろし、ADRIEN CHALK著LES MAISONS A PANS DE BOIS D'AUXERRE, 2005.(オーセールのハーフティンバー家屋、2005年)を開き、求める情報を各ページに探した。そこには、セガンが幼少年期に過ごした「祖母の家」について、写真を添えて記述されており、17世紀の建築物であると明記されていた。つまり、「ぼくの目の前」に建ち、人が住んでいるオーセールのハーフティンバー建築物そのものに、セガンが一定の時を生活と学業のため過ごしていた、という証を見いだしたのである。
 ヴォルテール広場の書籍開き型ベンチでくだんの書物から史実を確かめているぼくを編集者がカメラに収めてくれました。編集者氏様、ありがとうございました。