8月17日旅は一期一会

 ぼくは茶人ではないから千利休の言うような「今出来る最高のおもてなしをしましょう」という結語に導く「一期一会」ではなく、まさにたった一回の偶然の出会いを楽しませていただくこの日となった。
 ホテルの朝食は7時から。しかしこの日は7時過ぎには宿を出、ベルシー駅に向かわなければならない。従って朝食はパス。ベルシー駅構内でサンドイッチ屋が開くのを待ちわび、サンドイッチを購入。例のごとく思いっきり硬いバゲットである。同行のM君が「フランス人はみんな歯が欠けてしまい、総入れ歯でしょうね。」と言うほどに硬い。日本の「フランスパン」の柔なこと、「フランス」の文字を冠するべきではないと、フランスでバゲットをいただく度に、思う。そして我が残り少ない歯が欠けたり抜けたりしないことを祈りながら、かぶりつく。鳩と雀がさっそくおこぼれを与りに来た。その姿・行為とも、我が日本で見かけるのと違いはない。彼らにとって「異文化」とは何であろうか。そんなことを思い、右手にカメラ、左手にバゲット、目はファインダー、口はもぐもぐをしばらく続け、列車発車の時間を待った。

 向かう先はクラムシー。いったんオーセールで下車をし、着替え等の荷を宿に預け、それから再び列車に乗りクラムシーへと行く。昼過ぎにはクラムシーに着くはずで、夕刻にはオーセールに戻る。行程的にはなかなか忙しい。
 今回の旅では、これまでと違って北海道を思わせる大きな畑地、牧場そして牛馬等々の光景の鑑賞と感嘆とはM君に任せて、ぼくは「お天道様」をカメラで追いかけた。新しいカメラの使い勝手を知るには極端な光や暗さと向かい合い調整をするのが一番だからだ。列車の窓越しに見るフランスのこの日の「お天道様」の様子を、どうぞ。それにしても露出調整が難しい。素人の限界を思い知りました。カメラ教室に通おうかなぁ。

 列車はJOIGNY(ジョアニー?)という駅に停車。オーセールにほど近い駅だ。ガラガラの客車。見える人影は運転席。

 にもかかわらず、一組の夫婦がぼくたちの隣の席に座った。オッサンがぼくを見てにっこり。カミサンは顔をやや強ばらせている。ぼくとM君とが返礼。オッサンが長方形の黒い箱を取り出し、ぼくたちに見せた。オッサンは箱そのものを見せたいのではなく、箱に書かれている文字を見せたいのだのだな、と彼の仕草で理解した。ではと、向かいの席に身体を移して、カメラファインダーから覗く。SUZUKIとある。おお、日本語だわ。その下にはHARPMASTERの文字。英語ジャン、ここフランスやで・・・、ちゃう、何?ハーモニカ?
 得意そうなオッサンとやや緊張しかし「しょーがないね―、あんた」の表情のカミサン、そしてくだんの箱、主役三点セットをパチリ。

 続いて主役二点セット、パチリ。
 
 オッサンの「一期一会主のおもてなし」が続きます。ハーモニカ演奏、間に意味不明の語り(子どもがどうたらこうたら、日本がどうたらこうたら・・・。もう少し理解できるキーワードをサービスしてほしかったな)、そしてみごとな美声の独唱。
 オーセール駅が近づいてきた。この列車はクラムシー行き。どうやらオッサン、このままだと、彼にとってきわめて懐かしいジャポネのゲストの接待を続ける様子である。「今日の目的地はクラムシーだからおつきあいしてもいいのだけれど、やはり荷物をオーセールの宿に預けたい。フランスにはコインロッカーなる便利な荷物預かりは存在しないから、適切に重い荷を抱えてクラムシーを歩き回るのは苦痛だ。」内言でぼくの決意を確かめ、オッサンとカミサン、いや、ハーモニカムッシュとマダムに向かって、流れを切り替える求めの合図言語「ウィ、オーセール」を発した。マダムはそれに気付き、ムッシュに演奏会の中止を求める。ぼくとM君は、「メルシー、ムッシュ、オーバー」と声を掛け、荷を抱えてドアに向かった・・・。
 ・・・と、この日の記録の本番はこれからになるはずだけど、もうここまでで十分ダスな。ンなら、アビアントゥ!
 ムッシュからいただいた名刺によると、クラムシーよりさらに先のCORBIGNY(コルビニィ?)というところにお住まい。列車地図には載っているけれど、実際はバスによる振替運送のようである。クラムシーからの路線図を眺めていたら、我がセガン研究にとって馴染みのある、しかしまったく調査対象としてこなかった、Monceaux-le-Comte(モンソー=ル=コント)という地名が目に入った。ロマン・ロランの曾祖父が書き残した日記に、しきりに「モンソーのセガン」という言葉が出てくるのである。我が「セガン」とこの「セガン」とは縁戚なのかどうなのか。そんな興味がまたわき起こってきた。