セガン日記、アップ

 セガン生誕200年の誕生日がもうすぐ。それまでに、ぼくのセガン研究にまつわるエッセイをアップし終えたいと、朝から原稿修正等の作業。今日アップするのは、『知的障害<イディオ>教育の開拓者セガン―孤立から社会化への探究』(新日本出版社、2010年3月刊行)の出版を決意させた2009年の2ヶ月にわたるフランス生活記録から、「セガン研究最終局面の旅日記」。併せて拙著書評の差し替え。同時にHP末尾へと移動。生命科学専攻大学院生の東海林篤さんから寄せていただいたもの。
 障害児教育実践家の我田引水の「一応読んだけんね、何か文句あっか!」と言わんばかりの、書評にもならず紹介にもならない雑誌雑文を巡ってやりとりをしていた時に東海林さんからいただいた書評であったので、いわゆる「専門バカ」からしか見えてこなかったこれまでのセガンの捉え方を大いに超克しており、若々しく、とても嬉しい書評だった。それは同時に、清水寛先生たちがセガン研究を開拓した時の問題意識「歴史的制約・限界性を持ちつつ批判的に継承させるにふさわしいセガン」研究観を、暗黙の内に、厳しく批判するもので、さすが自然科学者の手になるものだと、感嘆させられた一文である。
 また、日本セガン研究会会報『セガン研究報』第III期第1号の目次(抄)を発行予告としてアップ。