つれづれの留守番

 人間家族―といってもぼくを含めて3人だけなのだけれど―の連休前半はこんな会話から始まった。「ねえ、遊んでばかりいて申し訳ないんだけど…」「ん?」「留守にするの。」「つまり、泊まりがけで出かけるというの?」「そう。」「いつ帰ってくるの?月曜日?」「そう。」「いいんじゃない。これまでさんざ働いてきたんだから、骨休みなさいな。」「猫ちゃんたち、お願いね?」「んと、ユメさんも一緒なのね。」「そう。」「楽しんでいらっしゃいな。」そしてその翌日。「どこへ出かけるの?」「○○ヤマ」「なんだって?」「○○ヤマ」。繰り返すこと4度。○○の部分が聞き分けられないことに気付き、ささやかなショックを覚えた。5度目には、口形をはっきりと大きな声で、「タ・テ・ヤ・マ」と言ってくれた。「館山か。廃仏毀釈の歴史遺産があるから是非ご覧になるといいね。」と勧めたが、心はそこにあらずのようだ。きっと下娘家族と一緒だろうから、「館山ファミリーパーク」が目的地なのだろうと思う。そのことを聞き出そうとは思わなかったけれど。それにしても、先日は、上娘の「イカが4頭山道を登っていたの」といい、この日の「○○山」といい、ぼくの聴覚神経は撥音系がいかれているようだ。これまでの聴覚検査の時にそのことは指摘され続けてきていたが、とうとう生活の場面で支障があるのを実感するまでに至った。教育場面で支障が出ると大変だなぁ。
 明日は小平霊園。姫さまがどこかへ行きませんか、とお誘い下さったことから、この地が選ばれた。久しぶりに、我が息子と、ぼくが研究者として歩み出した研究対象・上田庄三郎に「挨拶」をしたい。番地が不明―記録していない、忘れてしまった―だけれど、探し出そう。パリでの墓地散策、イタールの墓探しが懐かしい。通訳を務めて下さったAさん、そして姫さまに大きなご援助をいただいたのだったな。