旅行準備

 毎日、ちょこちょこ。前回と同じところに行くのに、どうして旅の基本の品ばかり買うのだろう。物持ちが悪いなあといつも反省し、少しも改善されない。終生つきあうのかな、このアホさ加減と。
 東武池袋5Fフロアは、だいたいぼくの希望を叶えてくれる。紳士用品フロアであり、旅行用品フロアだから。奥まったところには眼鏡屋さんがある。そこは「ご愛顧」の店。購入物品一覧。
1.リュック。パリ市内を歩く一日リュックではクラムシー、オーセールの旅には間に合わない。かといって大きなバッグを持ち歩くのも大変だ。・・・って、これまでどうしてたんだっけ?こういうことは直ぐ忘れてしまう。まったく思い出せない。だから今回もリュック購入となる。
2.時計。先日購入した電波時計は国内固定設置でしか役割を果たさないことが分かったので、極めて原始的なアナログ。安心が一番。「電池は入ってますか?」「はい。」これもまた安心。
3.変圧器。携帯やらカメラやらのバッテリー用。「プラグは付いているのですか?」「いいえ。」聞いて良かった、良かったなあ。差し込み形状があわなきゃ、何にも変圧してくれませんえ。
4.携帯シェーバー。いつもはひげを伸ばしっぱなしの旅行なんだけどな−。ご婦人主体の小団体旅行となれば、少しばかりであっても、身だしなみを。(陰の声:多分だけど、持っていってもどこかに仕舞い込んでしまい出てこず、汚いひげ面となって帰ってくるであろう。)
5.靴 以下、靴購入にまつわるエッセイ 
 過日並んで歩いていた姫様に、「かかと壊れてます」と、ぼそっとささやかれた。この靴、撥水が施してあるというのでこれはなかなかいい、と購入したのだった。確かに歩きやすい。だが、撥水効果がなくなってしまい雨の日は足の甲ががびしょ濡れとなる有様。それで、姫様のささやきという後押しがあり、今回の旅のために買い換えることを決めた。一昨日、柏そごう地下の靴屋さん−撥水効果靴を買ったお店−であれこれ手に取ってみたけれどどうにも気に入らない。幸い店員は誰ひとり、この小汚いじいさんの側に寄ってこない。まあいいか、今回の旅は廃棄寸前の靴を2足携えてとっかえひっかえするか、とほぼ決意していた。
 ところが、今日の東武デパート5Fにはなかなか立派な靴屋さんが店出しをしており、かつて、岩山遊歩用の靴を購入したことがある。靴は履きつぶすまで新しいのを購入しないぼくなのに、まだ履きつぶさず、現役である。しかし、これは紐を結んだりあれこれと面倒くさいのだ。この程度に頑丈でさらに履きやすい靴があれば、買おうかな。顔を出したら(こういう時の表現は、店に顔を入れたら、なのだろうか?)、美形ではなく愛嬌顔のお姉さんおばさんが声を掛けてくれた。これはいい、オレ美形と会話するの苦手やし・・・いや、女性判別に来たんではないんだ、オレは靴を見繕いに来たんだと思い直し、「歩き回る旅用の靴を求めたいのですけれど。」「どのようなところを歩かれるのですか。」「小さな街なのですけれどね、起伏が多く、石畳の道。」「それはまあ素敵ですね。どちらですか?」「フランスです。」「まあ!」・・・と、話がそちらに進みそうで靴に至りそうにない状況。これはいけません。「それでですね、けっこうしょぼ降る雨、どっと落ちてくる雨に出会うことが多くありますので、それに耐えられるような靴がほしいです。」「それでしたら軽くて履きやすい撥水効果の靴がございます。」「いや、私が今履いている靴、まさにそれが売りで飛びついて買ったのですけどね、撥水効果がなくなったらもうただ布きれを足の甲に巻いているだけという状態で。」「それでしたら防水の靴がお勧めですね。」「私の目的に適いますか?」「ええ、試しにお持ちしましょうか。サイズはいかほどでしょう?」「あの、ですね、サイズ・・・分からないです。」クスクスと店員が笑った。「26をお持ちしましょう。」店員が手ぶらで戻ってきて「ちょうど在庫が切れているようです。26半をお持ちしてみますね。」ぼくは足蒸れがする体質だから、こういう立派な店で靴を購入するのはとても気が引ける、いや、気が滅入る。「ごめんなさい。足が臭くて申し訳ないです。」「いえ、気になさらないで。」 ああだ、こうだとやり合って、25半のウリ坊主模様の防水革靴を購入することになった。支払い場面での会話。「フランスのどちらへ?}「パリを拠点にしてパリから東南200キロほどのところの小さな街です。ブルゴーニュ地方ですね。」「ワインがおいしいところでしょう。」「それがね、フランスの中でも珍しくワインがおいしくないところ。」「いつから行かれるのですか?」「明後日からです。たったの一週間。」「フランスにはよく行かれるのですか。」「ほぼ毎年、年に1〜2回、というところでしょうか。」「私ね、25日からパリとロンドンに行くんですよ!」「おや、私と入れ替わりですね。それは楽しみですね。」「それで、パリのお勧めのところを教えてください。」ぼくの最も苦手な質問だ。好みが合えば喜ばれるが、あわなければ変な人レッテルを貼られてしまう。しばし悩んで、次のように応えた。「パリ4区のヴォージュ広場とその近辺がなかなかいいですね。広場を取り囲んで、例えば三宅一生のような有名なデザイナーのアトリエがありますし、そうでなくても、手作りの装飾品、歴史を感じさせる品々が売られています。その店の前はオープンカフェ。私が好きな店は古楽器店。店主自らが例えば17世紀宮廷楽団が使用した珍しいオルガンのような楽器を演奏してくれることもあります。」このあたりで、お姉さんおばさんの頬が緩み目がきらきらと輝きはじめた。そして「ちょっと待ってください、メモを取ります。」と、書き付けを整えて、ぼくの次なる言葉を待つ。幸い客がいないからいいようなものの、おそらく上司と思われる上品な紳士がギロリギロリとこちらに目を光らせていた。ぼくは多少怖じ気付いた.後はできるだけ早く済ませよう。「ヴォージュ広場近辺には、カルナバレ歴史博物館がございますよ。常設展示は無料で見ることができます。パリの宮廷史など鮮やかな絵画、花瓶等調度品など堪能してご覧いただけると思います。」「まあ!」「そして、またその近くに、ピカソ美術館もございます。」「ありがとうございます。とてもうれしいです。ご一緒できれば楽しいでしょうね。」「私は23日に帰ってきますので、入れ違いですね。どうぞ旅を存分にお楽しみください。」オレいつからパリの雇われ人になったのだろうなぁ。
 購入した靴を履いて店を後にした。購入したばかりのリュックに購入したばかりの靴。もうぼくの旅は始まった。・・・と後ろから声掛かり。「お客様、タックをつけたままでございました。失礼いたしました。今お取りいたします。」「ああ、値札ですね。おお、オレも値が付くようになったか、と喜びましょう。」、