初歩き


朝6時。病院での生活習慣が身につき、目覚めた。さあ、1日の始まり。あ、そうだ、今日からはぼくが行くところはなくなったんだっけ。さて、何をして、一日を送ろうか。カラダをじっと固定する姿勢はまだ取れる状態ではないから、援助者を頼まない限り外歩きは危険。事実、昨日は三回、畳の上に崩れ落ちた。慎重に慎重に行動を。
 雨戸を開ける。すがすがしい朝の空気と共に、玄関横の、真紅とピンクの混じったハナモモの香りが届く。我が家の一番美しい季節だ。他人様が届けて下さる花便りをうらやましがらず、内なる花便りを心に綴ることにしよう。
 そう言えば、門扉に纏わるアケビの木の、あの小さな紫の無数の花も今は盛りだろう。足下と手元に十分注意して、そろりそろりと玄関を出て門扉の所まで出てみよう。「恐い危険な階段」は行動療法の菊池先生に教わった定石で。
 「降りる時はダメージを受けた左脚から。上る時には健康な右脚から。一段ごとに両足を揃えて。つま先や踵を引っかけないように。手は必ず何かを支えにして下さいね。焦っても何も得るものはありません。・・・・そうです、そうです。いいですね。昨日より足の置き方が安定してますね。すごいです。」
 適切な指示と励ましは自身に可能性を見いだし「努力家」(作業療法の高木先生によるぼくに対する評価語)たらんとするぼくである。当面は病院のリハビリで得た「生きる目当て」を便りとして、日々を送ろう。リハビリは、観念語と根性論に支配された現実の教育界よりよほど「生きる目当て」を与えてくれる。
 門口に立ってハナモモを観賞、ついでにアケビの可憐な花に声をかける。「今年はどれほど実りますか?」
 玄関に戻ろうと思ったが、カラダはその意志に反して道路に向かう。森さんのお宅の雑木林から鶯の鳴き声が。ああ、気持ちのいい春日和だ。ちょっとだけ杖歩行をしてみようかな。
 10分足らずの坂道散歩から帰ったら、こけちゃんから車でお花見のお誘い。とっても魅力的でお誘いを嬉しく思ったけれど、やはり無理を自覚した。ありがとうございます。またお誘い下さいね。