こころ 3 ー 回想2・・・還る土なし

 
 ・・・あの時からもう8年になるのか。再び「あの時」がオレを見舞っているようだ。さて、明日、いや。今日をどう生きようか。
 椿の花はやがて落ちる。落ちて土に還るーその理は今はない。汚物たるのみ。
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 凱旋門手前で体調に異変を感じ始めたので雨に濡れたベンチで少し休み、そのあとはそのまま宿に戻ることにした。再び歩き出してすぐに、足下が定かでないことに気付く。意識ではまっすぐ歩いているはずなのに、足下のタイルが右に左に行き来するのだ。やがて回りが乳白色を帯び始める。歩行に困難を覚えはじめたが、もうすぐ、ぼくが秋に散策とマロニエの実を拾う遊びに興趣を覚える並木通りだ。そこはタイルや石畳が敷き詰められてはおらず、やさしい土表がぼくを迎えてくれ、心を落ち着かせてくれるはずである。ベンチに倒れ込むように座り込んだ。重く重く感じられた胃から吐瀉物が一気にこみ上げてくる。吐血。かなりの量に驚くどころか、呼吸も思うにならない。周りは完全に乳白色となり、木々も、人も、通行する車も、そしてその向こうにある軒並みがきれいに揃い贅を尽くしたかの如き建築物も、まったく存在しない無影の世界となっている。足下の吐いた血だまりだけが赤々しく目に映る。遠のく意識、ベンチに完全に横になりたい欲求、それらと戦う気力がある限りおれは死なない。だが、今にもその気力を放棄しそうになる。目を閉じるな、ベンチにテコのようにして支えている腕を外すな。そう命令するぼくと、お前はパリをこよなく愛し続けてきた、しかも華の目抜き通りにいる、ここで死ぬのなら本望ではないか、俗世の悩み、苦しみからも解放されるぞと誘惑にかかってくるおれと。どのぐらいの時、二つの自我が戦っていたのだろうか。乳白色の景色の中に、木々の影が少しずつ戻ってきた、車の走る音が聞こえはじめてきた、まだ白と黒の世界だし、割れ響きこだまする音の世界だが、兎にも角にも、自我のぼくが少しずつ力を蓄えてきているようだ。ぼくは「ここでは死にたくない」と何度も外言出来るようになった。ここで倒れたらのたれ死になのだ。救急車を呼びたくとも、人に助けを求めたくとも、その言語能力、技術を持たない悲しさ。あと少し時を待つしかあるまい。
 立ち上がり歩き始めたけれど、意識も霞み、やはり一歩一歩が苦しい。身体が壊れた音がするようにさえ感じられる。歩いて宿に戻るのはまったく不可能。地下鉄を乗り継いで帰るしかあるまい。長く長く感じる地下に潜る階段。13号線、12号線、10号線と乗り継ぎ下車。そこからは徒歩で登り緩やかな道を、いつもなら数分で行きつくところなのに、10数分もかかっていたと思う。ようようのこと宿に戻り、トイレへ。大量の下血があったことを知る。血で汚れた身体をお湯で洗い、着替えてベッドへ。夢を見た。生まれてからこの方写真でしかお目にかかっていない、フィリピン・レイテ島の激戦で砲弾にたおれた父、先年老衰でこの世を去った母、6年前病に倒れてあの世に旅立った姉、そして幼児期に神の御許に召された二人のわが子、それぞれがぼくを呼ぶ。ゆきひろ〜、ゆきちゃん〜、とーちゃん・・・。懐かしさのあまり返事をし、彼等の招きに応じようとするおれと、何故か無言を貫くべきだとおれを戒めるぼく。どれほどの眠りであったのか、枕元の電話が鳴ったような現実に引き戻されて目覚めてみると、全身滝を浴びたように濡れていた。ベッドから抜けだし、濡れた身体をお湯で温めたタオルで拭き、さらに乾いたタオルで拭き、着替える。さて、この後はどうしたものか。めまい、息苦しさ、虚脱。(2006年2月28日)