changeな人生 その1

 昨今流行のチェンジ。ぼくはチェンジなどしないけれどー精神的にはいつもしている。「試行錯誤」ってやつー、さしずめエドゥアール・オネジム・セガン(1812−1880)は元祖チェンジ人間だろう。裕福かつエリート家庭に生まれ、育ち、本人もエリート街道まっしぐらで思春期まで進む。いつの時代の人もそうなのだが、都会には人生を十分に満たしてくれるものがあるとの夢を抱いてパリの特級コレージュ(日本で言えばかつての都立日比谷高校など)に進学。成績も特段に優れていた記録が残されている。末は博士か大臣か。しかし、進学先は「人権」とは無縁の実務法学の法学部、ナポレオンI世好みで創設された。弁護士か中級公務員程度が将来像だ。このチェンジはいったいどうしたわけ?
 時はフランス社会が、歴史に残る大混乱、1830年7月革命を準備し、革命が「成功」し、やがて暗い世相を迎えようとしていた。同時に、貴族社会が崩壊しつつあり、新しい社会階層が誕生しつつあったープロレタリアート、すなわち職人労働者に替わる新しい労働者の誕生など。こうした歴史のチェンジの時には、それに応えようとする、それを推進しようとする、あるいは逆の思想・運動が誕生し、一世を風靡する。われらがセガンも、その思想・運動の中に確たる姿を見せている、サン=シモン主義!
 エンゲルス空想的社会主義と後に評価したが、高校社会科などでそのように教わる。さて、どうかしらねー。社会の重工業化、産業資本化のルートを本格的に切り開いた、といえば、社会主義のイメージから少し遠のきますね。具体的にいえば、職人社会を消し去り、機械的労働を賃金に換算する近代労働者の誕生の理論化と実践部隊とを誕生せしめたのが、サン=シモン主義。
 もう一方で、そのような社会変化に応えるべく、新しい道徳の誕生が求められる。サン=シモン主義の祖サン=シモンは「新キリスト教」を遺著としている。それは、キリスト教を聖書の原点に戻らせようとする一種のプロテスタンティズムだ。新しい社会における新しい人間のあり方について提言している。われらがセガンは、むしろ、こちらに呼応した。1831年セガンは、宗教組織サン=シモン「家族」の一員として列せられている。時に法学部1年生、19歳である。
 こうして考えて見るに、セガンはパリの特級コレージュ在学中に、1830年の「7月革命」の波をもろに被り、将来像を、社会の新しい道徳的建設に身を捧げるという、一大チェンジをしたのだろう。だから、彼は、所与のエリート街道を歩むことよりも、社会にあれこれものを言い、あれこれと働きかける思想運動家であることにチェンジの人生像を見た。それは、フランス革命起爆剤となった啓蒙思想家たちの百科全書とは一味も二味も違う、新しい時代の新しい百科全書運動である。そのうちでも芸術の新しい哲学創造に力を注ごうとした。